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東京工業大学、矢部孝教授の研究。
MIXIで話題になり、調べたら非常に面白かったので話のネタにしようと思っていた新技術が、あっさりと日経サイエンスに載ってしまった。まあ、雑誌に載ったということは箔がついたと言えるわけだから、喜びつつ、紹介してみる。(出典:日経サイエンス07年11月号、および、http://www.jspf.or.jp/Journal/PDF_JSPF/jspf2007_06/jspf2007_06-578.pdf)
これはカーボンフリー、つまり二酸化炭素を出さないエネルギーサイクルの構想だ。そのキーとなるのはマグネシウムとレーザー。
マグネシウムを燃料として捉える、というところが発想の起点。マグネシウムはよく燃える。昔はストロボの発光剤として使われていた。純粋なマグネシウムを水につけると発熱しながら水素を出す。その水素は燃えるのでさらに熱を出す。このプロセスで1Kgのマグネシウムから25メガジュールの熱が出る。これは石炭の熱よりも17パーセントほど低い値だが、マグネシウムは石炭と違って灰や煤を出さない、二酸化炭素を出さない、リサイクル(還元処理)できるという利点がある。
粉末のマグネシウムを、石炭と同じような燃料資源だと考えよう、ということが第一のポイント。
いっぽうで矢部教授は、ネオジムYAGクロムレーザー素子という、一種の結晶を開発した。これは写真によれば、緑柱石にちょっと似ている綺麗な固体で、強い太陽光を受けるとレーザーを発振する性質がある。レーザーを出す素材自体は以前からあるが、新しく作られたこの素子は変換効率が高い。太陽光の波長のうち、今まで利用できなかった短波長の部分まで利用する。そのため、とても強いレーザーを発する。
また、素子に光を当てるための光学装置として、フレネルレンズ、つまりOHPの天板のような板を利用した。これは加工が容易で、反射鏡や凸レンズよりも調達しやすく、軽いという利点がある。
太陽光をレンズで集めただけでは、太陽表面の温度、6000度を超えることはない。これは、熱は高いほうから低いほうへ移るという、熱力学の原則のためだ。しかし、自然状態の太陽光はさまざまな波長の光の混合物でしかない。この混ぜ物を、一つの波長の光に収斂させれば、エネルギーの密度はずっと高くなる。単波長の光とはレーザーのことだ。
つまり、レンズで集めた光でレーザーを発振すれば、太陽表面より高い温度が得られるということだ。
矢部教授はこの仕組みで、摂氏二万度を達成することができると言っている。これが、第二のポイント。
さて、第一と第二のポイントは、それぞれ単体では使いにくい技術でしかない。
マグネシウムを燃料とみなせるといっても、それ自体の産出量が少ない。現在、マグネシウムの多くは、中国で多量の石炭を消費して精錬されている。おびただしい二酸化炭素を排出するし、価格も安くはない。燃料として使うのは難しい。
また、二万度のレーザーが出せるといっても、良好な日照があることが大前提だ。砂漠や、低緯度地方が好ましい。しかしそういった地方にはレーザーの需要がない。そもそも二万度のレーザーを必要とする工業分野が未発達だ。
そういった、ちょっと役に立つかどうかわからない技術を、二つドッキングさせて役に立つものにしようというのが、今回の構想。
二万度のレーザーがあれば、単にそれを照射するだけでマグネシウムを生産できる。
マグネシウムを燃焼すると、酸素と化合して、白いさらさらした酸化マグネシウムの粉になる。この化学反応は強力で、酸素を分離してマグネシウムに戻すのが、従来は難しかった。使い捨ての触媒と、石炭などの膨大な熱源が必要だった。しかし、高エネルギーのレーザーを使えば簡単に還元できる。
石炭に近い熱量を発する粉末が、廃棄物なしでリサイクルできる。
廃棄物を出さない燃料というと、水素がある。しかし水素は貯蔵が難しくて、技術者を悩ませている。マグネシウムなら、そこそこの防水性のある包みに入れて、倉庫にでも積んでおけば何年でももつ。
また、密度が高いので輸送もしやすい。砂漠や赤道地帯で製造したとして、船を使えば水素よりずっと簡単に世界各地へ運ぶことができる。
そして、肝心のマグネシウムの埋蔵量はといえば、無尽蔵に近い。海水中に溶けているからだ。「海水中に金が溶けている」という言い古されたトリビアがあるが、あれは希薄すぎて採っても元が取れない、というオチだった。しかしマグネシウムはもっとずっと多い。食卓塩の成分表示にも書いてある。
赤道地帯で海水からマグネシウムを分離すれば、そのマグネシウムを資源として販売、移送できるだけでなく、精製した真水を供給することもできて、一石二鳥だ。
ただ、海水淡水化技術のくわしいことは、特許に関わるのでまだ明かしていない。
この構想を元に、2010年の稼動を目指して、アラブのドバイで実証プラントの建設を予定している。
将来的には、太陽光レーザー発振技術を応用して、砂漠で発振したレーザーをいったん衛星軌道に飛ばし、反射衛星で高緯度地方に落として、発電や加工に用いることもできるだろう。
また、衛星から航空機にレーザーを当てることも考えている。これはなにも撃墜しようというのではなく、航空機に水を積んでおいて、それを機外へ放出すると同時にレーザーで加熱しようというのだ。すると水蒸気爆発のような強力な膨張が起こって、推進力が得られる。現在、航空機のほとんどは大量の二酸化炭素を出しているが、それが大幅に減る。
それに、船舶のエネルギー源とすることもできる。
将来はマグネシウムを基軸とするエネルギー体系を築くつもりだ、いや、できるだろう。
――というのが、矢部教授の構想。
いま世界では、ここ数年、太陽電池の開発生産がすごい勢いで進んでおり、先行きが大変楽しみな状況になっているのだが、このマグネシウムサイクルの構想にはそれを上回る雄大さがある。すごく期待させられる。
とはいえ、いまの世界を根こそぎひっくり返すような構想だから、そう簡単に実現するとも思えない。素人なりに考えても、マグネシウム燃焼の内燃機関は開発が難しそうだ。
燃料電池の水素源としての利用が期待されているが、小川としては、外燃機関が復活すると面白いな、と思う。
すなわち、マグネシウム燃焼の蒸気機関車だ。これなら新しい技術開発はまったくいらない。大井川鉄道へいって、C12の火室にそのまんまマグネシウムを投入しても、おそらく動かないことはないんじゃないかと思う。もともと外燃機関は、熱さえありゃあうごく機械だ。機関車の火室では、その底に灰が溜まる仕組みになっている。酸化マグネシウムはそこで回収する。
いや、いっそボイラーの中に直接投入してもいいんじゃないか? 発熱による水蒸気と、水素が出てくる。それでピストンを動かす。
……なんだか爆発しそうで、非常に危険な気もするが。
ともかく、ハイテクで作り出した燃料だからと言って、ハイテクに使わなきゃいけないという縛りはない。効率は落ちるだろうけど、マグネシウム焼き芋とかマグネシウム風呂もありかもしれない。
他にもいくつか、問題点を思いついた。矢部教授の構想では2メートル四方のフレネルレンズで、わずか1ミリほどの太さのレーザーを出しただけだ。実用化に当たっては、膨大な数の装置を設置しなければならないだろう。
それに、レーザー素子に使うネオジム・イットリウム・ガリウムなどは、いずれも希土類や希少金属で、産出地が限られる。資源エネルギー庁によれば、9割が中国で生産されている。供給が不安定になるかもしれない。
しかしあら探しばかり探しても仕方ない。将来を楽しみに待つことにする。
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本屋タウンで情報が出たので、こっちでも告知します。
来月、早川書房から文庫書き下ろし新刊の「時砂の王」が出ます。時間SF。
これは本来、別タイトルの本に収録される中篇のはずだったんですが、書いているうち妙に勢いがついて、とても中篇では済まない量に膨張してしまったものです。結果、一冊の本になりました。
また、再来月には特配課のときのような新装版が出る予定なので、そちらもよろしく。
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