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2006年12月14日 (木)

クラークの

 楽園の泉を読み直していたら、インターネットと検索エンジンとメルマガ(あるいはブログ)のことが書かれていた。まったくこの人は。
 ただ、さすがにそれが私企業の仕事になることまでは予測されていなかった。出版からわずか27年後には当たり前になっていることも。(作中設定は2150年頃)

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コメント

やはり、先見性に関して言えば天才なんでしょうね、彼は。

 お忙しいのでしょうか。お体に気をつけて、クラークに負けないようなSFを書いてください。応援してます。

投稿: 高槻佑人 | 2006年12月17日 (日) 00時14分

 はじめまして、yuuと申します。小川さんの著作の中で、「老ヴォールの惑星」を初めて読ませていただきまして、凄い作家が現れた!歴史モノとか大河モノとか軍事モノとかもしくはファンタジーに半分逃げ込んでいるSFではなくて、SF的アイデアの斬新さで勝負している直球のハードSFだ!と衝撃を受けました。
 (僭越ながら、ということでお願いします・・)
 収められている短編は全て凄く面白かったです。
「幸せになる箱庭」で、押井守の映画「攻殻」的な
結論に至りますが、サイバースペースにおいて全ての
脳の欲求が情報として満たされるとしても、おそらく
それは大多数には違和感があり大多数において全くもの足りないものと思います。それは、各々が持ちえる「身体性」という観点だと思いますがいかがでしょうか?  個々が全く不平等な有限な筋肉を持つからこそ、それを発展させるスポーツの喜び、また音楽の楽器にしても、コンピューターでどんなに模倣しても優れた演奏家がなくならないのは、脳で演奏しているのではなくて、有限な身体を使っているからだと思います。書道において手の震えの緊張感を克服しつつ、精神状態の微妙な機微を映し出すことは、勿論Illustratorで描く事はできず墨を使って実際に書く以外に方法がありません。つまりアナログ的情報です。
 その面白さこそ、人間の生きる喜びの一つなのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
(博学でいらっしゃるので勿論そんなことは
言わずとも解っている、かも知れませんが)
 突然、場をわきまえずに書いてすみません・・・。
 「第六大陸」をはじめ、がしがしと読み進めたいと
思います。今後のご活躍を期待しております。

投稿: yuu | 2006年12月20日 (水) 23時16分

>サイバースペースにおいて全ての脳の欲求が情報として満たされるとしても、おそらく
それは大多数には違和感があり大多数において全くもの足りないものと思います。それは、各々が持ちえる「身体性」という観点だと思いますがいかがでしょうか?

分解能の問題じゃないかと思いますが。
人間のエミュレートが分子レベルまで完璧なら、身体性も再現できるでしょう。意識の仕組みについての理解がもっと進めば、それ以下の分解能でもできると思います。
ラジカルなことを言っちゃうと、苦難を克服した時に喜びを感じるっていうのは、人間が進化してくるのに必要だった、報酬系の働きによる機能だと思います。将来、生存の苦労がなくなった暁には要らなくなる。
それじゃあんまり味気ない、と思われるでしょうが、そのころにはまた別の、苦難を必要としない喜びが見つかっているんじゃないでしょうか。根拠はないですけど、動物と人間を比較してみるに。

投稿: おがわ | 2006年12月21日 (木) 09時54分

 人間の5感(もしくは6感?)の知覚を解明して、完全にだます事のできる世界を電子空間に創造することができるかどうかというのは、難しい問題でしょうね。脳がどれくらいの量の情報を処理しているのかはわかりませんが。またそのバーチャルの閉塞した世界の中で、人間らしく振舞えるかどうか・希望を見出せるかどうかは、想像しがたいものではあります。人間は結構それでもちゃっかり希望を見出すのかなあ・・・。バーチャルといえば、最近ネット神社のネット参拝がはやりで問題になってるとか。それは信仰としてアリなのか、東京の神社本庁は、「ネット上に神霊は存在しない」とか表明してSFファンが食いつきそうな面白いネタだったり。
(賽銭なきゃ経営がごにょごyの・・)

投稿: yuu | 2006年12月21日 (木) 20時39分

>難しい問題でしょうね。
まあ、かなりなレベルのインフラが必要だとは思いますけど。個々人の持てるデータスペースが、十年で百万倍に増えちゃった時代ですから、楽観視しておこうかと。

>ネット参拝
神社本庁も神経質なことをするなあと思いました。まるでネット上でなければ神霊が存在するかの如き言明は、やらぬが花ってものでしょう。
山の上の御神体に向かってふもとから礼拝するような行為は日常的なわけですし、「四万六千日」みたいなボーナス参拝制度だって昔からあるんですから。


投稿: おがわ | 2006年12月22日 (金) 14時10分

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