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2006年11月 3日 (金)

大英帝国上陸計画08 二日目の報告

●10月24日 雨
04:00 起床。よく寝たのでHP・SPともに回復した。一人旅の孤独のせいで鬱になるのは慣れている。そういうのは食って寝ると直る。九時間寝たしな。
 昨日の日記を書く。
07:00 朝食。
 宿泊プランに朝食が入っているので、チケットを持ってホテルのレストランへいく。投宿時にもらったチケットには、コンチネンタルブレックファストとクックドブレックファストの二つが書いてあり、前者に丸をつけられた。クックドとはイングリッシュブレックファストのことであろう、それ以外は調理にあらずかなどと思っていたが、実際来てみると、コンチネンタルのほうはほんとに火の通っていないものばかりだった。調理済みなのはゆで卵だけであとはシリアルとパン。まあ別に構わんか。
08:00 食事を終えて部屋に戻った。本日の目的地、大英博物館が開くのが十時なので、もうちょっと日記を書く。
08:30そろそろ出発する。
08:50 昨日のグロウスター・ロードではなく、西側のアールズコートから地下鉄に乗る。
 今回の旅ではハヤカワ青背のチャールズ・ストロス「シンギュラリティ・スカイ」と、760ページもあるダン・シモンズ「イリアム」を持参した。この旅では月面に着陸したアポロ飛行士のような心積もりで、時間を大事にするつもりでいるが、地下鉄の中ではさすがにやることがないので本を読む。
09:20 ホルボーン駅で降りる。そのそばの十字路を挟んだ対角の位置ところに、小さなホムセンを見つける。入ったら日本によく似ていて、めちゃくちゃ和んだ。やっぱ俺、アートやらグルメやらより先に、DIYが好きだなあ。
 そこで奇遇にも英・米変換のできるモジュラージャックアダプタを発見。2.9ポンドで購入した。これでやっとネットできる。ついでにおみやげのおもちゃも買う。
 トムとジェリーに出てくるネズミ捕り器の実物があったので、お土産に買った。6ポンド。(追記・これはダイナコンでプレゼントに進呈したが、ボールペンを叩き折る恐るべき威力があった。ネズミ捕りではなく、殺鼠器というのが正しいようだ)
 店を出てそのまた北隣に24時間のコンビニを発見。昨日の教訓により、昼食用のドリンクとお菓子を買い、他におみやげの駄菓子やら紅茶やらを買う。
09:40 ブルームズベリー・スクエア公園を通り抜けて、大英博物館(以下BM)に到着。
 自然史博物館と違ってすでに開門しており、入場できた。ギリシャ風玄関の手前でバックパッカーらしい白人青年に写真を撮ってくれと頼まれ、承知する。おいおい、正体不明の東洋人にデジカメ預けてそんなに向こうまで行くなよ。どういう画角を指定されたのかわからなかったので四枚撮ってやった。
 BMは簡単に言って「回」の字のような形をしており、内側の四角のところがグレートコートと呼ばれる広大なホールになっている。(「エリザベス女王陛下が2000年にこのグレートホールを、」と壁面に彫ってあった。グレートホールを、の続きは遠くて見えなかった)。そのホールに入ってカウンターを探す。日本語オーディオガイドがあると聞いていたのだ。カウンターを見つけて話しかけると、後数分待て、といわれる。10時丁度になってからということか。パンフレットを見ながらぶらぶら待っていると、呼びかけられ、手続きに入る。
 どっかの研究室でビーカーとフラスコでもいじっているのが似合いそうな、もじゃもじゃ髪で太った爺さんが、懇切丁寧にオーディオの使い方を説明してくれる。スタンダードとデラックスがあるがどっちがいい。デラックスはパルテノン神殿の解説がつくぞと言われたので、じゃあデラックス。いや、この時点でははっきり理解できていなかったが、他の場所ならともかく、大英博物館になら、多少高い金を払っても悔いはないと思ったので、とりあえず高いほうにしておいた。
 オーディオガイドは、早い話がごっついMP3プレイヤー。日本メーカーじゃなかったな。オーディオ用の紙マップに、解説のあるポイントがナンバーつきで書かれているので、その場所へついたらプレイヤーにナンバーを入力すると、一分ほどの日本語解説を聞けるという仕組み。邪魔かと思ったが、案外使えた。
 さて、出発だ! という前に、トイレへ行く。とにかくどこへ行ってもトイレを確認しないと安心できない性質だ。幸いグレートコート中央に真新しいトイレがあったので、用を足した。イギリスのトイレはなんつーか質実剛健で、便器っ、しかない。ウォシュレットやヒーターがないのはもちろんだが、日本ならどこにでもある、うるさいほどある注意書きが、ない。壁真っ白。言わんでもわかるだろう綺麗に使え、ということらしい。
 用を済ませてからまずグレートホール西側の古代エジプトゾーンへ。ロゼッタストーンに迎えられる。天下の大英博物館で天下のロゼッタストーンと対面するのだから、黒山の人だかりで大変だろうと思ったら、なんか五人ぐらいしかいないんですが。写真を撮ろうとしたら前を開けてくれたので、ガラスにへばりつくようにして撮れる始末。あー、この岩の文字ってこんなに小さかったのな。器用な仕事してあるなあなどと思いつつ撮影。
 しかし写真を撮っている人間は日本に比べるとだいぶ少なかった。それより、スケッチしてる学生がちらほらいたな。
 古王国時代の、主に石像を見ていく。どれこれもでかい。解説を読むと五トンとか十トンなんて数字が書いてある。こういうのをだよ、何千キロも離れた異国から、まだ蒸気船もない時代に自国へ持って帰ってくるって、なんか日本と発想が違うよなあ。あー、幕藩時代の大名たちが自由に海外へいけたら、お互い張り合ってそういうこともやったかもな。
 この辺りのコーナーで一番気に入ったのは、どういうわけかエジプトのものではなくて、アッシリアの一対の人面ライオン像。高さ五メートル、重さ三十トン、そのままでは持ち帰れずにやむをえず四分割して持ってきたらしい。都市の門の左右に置かれて部外者を威嚇し魔を祓ったっていうから、阿形吽形の仁王像と一緒だな。いや、そばに立つとまじで気味が悪いの。ここでならともかく、はるかイラクの人里離れた廃墟で、夜更けにカンテラかざして探索しているときにこんなもんに出会ったら、泣く自信がある。
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 おかしなことに、この像のレプリカやおもちゃは、館内のみやげ物店にも外の路上の店にも、一つも売っていなかった。ツタンカーメンやバステト猫はあるのになあ。気味が悪すぎるのかもしれない。
11:00 中近東コーナーの隣がパルテノンコーナーだったので、コーナー入り口のカウンターでレシートを提示して、デラックスコースに含まれる日本語解説オーディオを借りようとした、ら、すでに持っているオーディオに係員が何やらパスワードを入れることでパルテノンモードに切り替わった。なるほどね。
 パルテノン神殿は都市国家アテネの力の象徴だったが、17世紀にオスマントルコ軍がここに立てこもった際、ベネチア人が砲撃して神殿ごと吹き飛ばしてしまったという、嘆かわしい解説を聞く。でもまあ欠片が残っただけいいよな。うちの国でその手の戦争被害が起きると、木造だもんだからあらかた燃えちゃって土台石しか残らん。
 このパルテノンコーナーは、アテネから持ってきた残骸を虫眼鏡で眺め回して、詳細に解釈しようという趣向。しかし残念ながらあまり興味をもてなかった。どっちかというとギリシャよりローマ帝国のほうが好みなのだ。で、カウンターで再度ジェネラルエクスプラネーションに戻してもらって、そこを出た。
 再びギリシャ、エジプトコーナーを通って西階段へ向かう。やはり石像のオンパレード。ほんと、石像文明の連中がうらやましい。うちの先祖も何かでっかい石像を作っといてくれればよかったのに……。ミイラの匂いがするかと思って、順路に真ん中においてあるネクタネボク2世なるエジプト王の石棺を嗅いでみる。が、観光客の手垢の匂いがしただけだった。
 まわり中、家族連れだらけ。人種さまざま。人種博物館でもあるな。
 二階へ上がり、南へ針路を取る。お、ローマコーナーだ。見たかったぞ。
 白状すると塩野七生を読んで以来のにわかローマファンなんだけど、ヨーロッパ人がこぞって正当後継者を自称したがるという古代帝国だから、まあいいよなファンでも。まずは入り口の初代皇帝アウグゥストゥス像に参拝つかまつりまして、おもむろに足を踏み入れる。
 記録したがりのローマ人の性癖と、集めたがりのイギリス人の性格が一致したのかなんなのか、うんざりするほどたくさんの遺物があって、やー、満足。壷やら像やらはふんふん適当にうなずいてみるだけだが、コンパスと曲尺があったのには思わずガラスに張り付いた。二千年後の東洋人が見ても一目でわかる製図道具ですよ。あああ、そんなご先祖のいる西洋人がうらやましい。
 もっとすごいのは三世紀の青銅製のシーソー式水道ポンプ。これ、今の水道でも使われているエルボーとフランジ構造を、もう備えている。そのままホテルに持ってって取り付けても違和感がないぐらい。そのころの我々は、鬼道を能くする卑弥呼の下で掘っ立て小屋に住んでたんですが……。
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 ギリシャ遺物もちょこちょこ混ざっており、2500年前のボタンだとか、2800年前の安全ピンだとかの女の子装備を見ているうちに、体力が尽きていったん撤収。
12:30 クロークから荷物を取り戻して、正門前のベンチでアップルパイとスナックとコークの昼食を取る。これ、後で気づいたが、グレートコートの北西・北東隅にお弁当コーナーがあるんだよね。そっちで食べればよかった。入場無料だから外へ出てもいいんだけど。
 食べ終わったら、もう一度クロークにデイパックを預けて、戦線復帰。クロークは荷物一個に付き一ポンド。
13:00 ローマコーナーでたこ焼き器を発見する。本当に、すべての大阪家庭ならびに大阪人の住む家庭に完備してあるという、あのたこ焼き器だとしか思えない青銅製の代物があったのだ。解説は「パン焼き器」だが、あれは絶対間違ってるね。
 それから、隣にある貨幣の歴史の部屋に移る。世界中のあらゆる貨幣が展示してある。不覚にも天正長大判が世界最大の金貨だと思っていたけど、なんかここには手の平ぐらいある巨大で分厚い金貨があったぞ。いかん、解説は見忘れた。
 硬貨の作り方が解説してある。打刻法は知っていたけど、打ち金の細かい紋様を彫る方法は初めて知った。あれはまず、顔面ぐらいの大きさの原版をゴムで彫るのである。それからニッケルや銅などを鋳込んで金属版を造る。その後が肝で、ミシンと鍵屋の鍵コピー機とコンパスをあわせたような機械でもって、縮小原版を切削するのである。ってこんな説明じゃどんな機械かさっぱりわからんな。別な言い方をすると、一端が固定された腕木に、読み取り刃と彫りつけ刃を装着し、大小二枚の原版に同時に当て、相似の原理を応用して大原版の起伏を小原版に移し変える装置とでも申さばよいか。まあそんなのだ。今のシリコン基盤なんかだと光学でやっちゃうけど、ある程度までなら機械的にできるということだ。
14:00 いったんグレートコートのトイレへ行き、ついでにコート中央の図書館を覗く。「回の」の字の内側の四角(実物は円だが)の中。円形のホールの壁全面が本棚になっているあそこだ。すごいっちゃすごいけど、まあ大英図書館はすでに分離されてよそへ移されているので、ここにあるのはおまけ程度のものなんだろうな。
 ところでその壁面書架だけど、ぐるりと見回しても階段がない。どうやって登るんだろうと見回していたら……なんか、「本の中から取っ手が生えている」という奇怪な箇所を見つけたぞ? きっとその本棚の奥に隠し階段があるのだろう。
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 また二階へ上がり、東南角の古期ヨーロッパコーナーへ。しっかし全然終わらんなあ。
 この辺り一体はローマ以降のヨーロッパの遺物が展示されている。入ってすぐのところの、「六世紀ごろのカンタベリーの再現図」に、少々粛然となる。中央に半壊したコロセウム、はるかかなたに街を囲む城壁の名残。そういった、崩壊した巨大なローマ建築のあちこちに寄生するようにして、粗末な小屋を建てて住んでいる人々の図だ。嗚呼中世、暗黒時代。帝国の栄華は今いずこ。エイジオブエンパイアーの風景だなあ。
 とはいえその後ヨーロッパ人は、ろくでもない封建制の時代に長く耐えた後、再び大繁栄を取り戻すわけで、その頃の遺物が博物館のこの辺には集積されている。わかりやすくいうと「金銀財宝の山」がある。物語に出てくる、海賊や竜や暴君の宝物庫を想像してもらいたい。なんか金貨の中から王冠や宝剣が突き出ているあの図。あれが解説つきで大量に並んでいるのがこの辺り。
 コインにメダルから始まって、リング、ネックレス、イヤリング、カメオ、ブローチ、壷、皿、胸像、イコン、水差し、王錫、宝冠、金器、銀器、磁器、クリスタルなどなど、キラキラしたものが目もくらまんばかりに並んでいる。王族、貴族、王室ゆかりのものも山ほど。
 皆さん、もし将来強盗する必要が生じたら、ちまちまと近所の銀行など襲わず、大英博物館のルーム47近辺に押し入りましょう。棚ひとつ奪っただけで末代まで遊んで暮らせるから。
 呪われなければ、だけどな。
 あ、少し手前のあたりだけど、「サットン・フーの王の墓」も面白かった。七世紀初期に埋葬されたと思われるイングランド人の王とその遺物。暗黒時代にも高い文化があったんだよ! ということでイギリス人お気に入りらしい。
 先へ進んで時計の部屋へ。三メートルはあろうかという特大のグランドファーザークロック、いわゆる大きなのっぽの古時計が並んで出迎えてくれた。1695年製などの相当な古物だが、なんと全部生きている。動いていて、時刻が合っている。ええ加減にしなさいと言いたいほどの物持ちのよさ。以前、神田の交通博物館で腐りかけのふるーい時計を見たときはもちろん死んでいたが、こっちは平然と生きている……。
 恐らく脱進器が発明されたころの、さびの塊みたいな鉄骨製の時計、というよりは時刻推測器といったほうが相応しいような原始的なからくりから、彫刻ぴかぴかの芸術品まで、これもすごい数の時計を見物する。
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 えーその後は、くそ、書くほうも疲れる、この文章は博物館にいった日の二日後に書いているのだが、なかなか現在に追いつかん、またグレートコートに降りてから、北の端の日本コーナーへ。途中、東側二階にあるローマンイギリスのコーナーを見たかったが、2007年まで改修中ということでは入れなかったのだ。
3:45 北の端の最上階にある日本コーナーに行く。しかしどうも、しょぼい。日本刀と鎧と壷と掛け軸があるぐらい。アイヌの衣装や琉球のお面があるのはちょっと面白かったが、なんか量的に、それが日本のメインストリームだったように思われていそうで心配。つうか朝鮮通信使の絵巻を大きく飾ってあるのはどうかと思った。それと参勤交代図の違いなんか、外人にはわからないだろうしなあ。
 原爆が! 原爆の扱いが小さいよ! 広島の地図と文章の説明パネルが一枚あるだけ。イーギーリースーめー。何も原爆展をやれとは言わん。ここは文化施設だし、文化と原爆は関係ないから。しかし、奇宝珍品を集めるのはここのそもそもの目的だろう。核兵器で溶けた瓶とか死体とか、ほらそれに人間の影が焼きついた橋の欄干なんてものは、古今東西どこにもないぞ。十分珍しいじゃないか。持ってきて得々と飾るのがおまえらの趣味じゃないのか?
 などと思いつつコーナーを巡ると、あ、ガンダム。
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 最近話題の「大英博物館のガンダム」は、関口猪一郎という人の書いた、絵のガンダムでした。何種のガンダムなのか、俺は詳しくないので知らない。しかし説明文の最下行に「Ink and colour on paper」と書かれていたのには、なんだか激しく脱力した。これはたとえば、御影石のファラオ像の下にRed graniteと書かれているのと、同じ欄に当たるのだろうけど、インクとカラーペンってわざわざ書かなくても……。ガンプラを飾るのが嫌だったのかなあ。
 あとはアトムとみずきしげるの戦争物と、なぜかこうの史代の少女漫画。なんだけど、これが原爆漫画「夕凪の街」。説明文にも原子爆弾で死ぬ少女の話だと書いてあるが、開かれている漫画のページ自体にはそれを思わせる描写はない。
 なんか、日本コーナーを開くに当たってのいろんな確執を感じさせる展示だわ。単なる少女漫画の紹介がしたいなら、ここは萩尾望都やら山岸涼(点二つのリョウが出ない)子を置くのが相応しいだろうに。日出処の天子なんかぜひ置いてほしい。しかしそれを避けて、原爆。こうの史代氏には失礼だけど、広島コーナーで排除された被爆メッセージを、他の方法で訴えんがために、日本人の担当者がこの漫画を選んだのではないか、というような邪推をしてしまった。いや、それならそれで涙ぐましい努力だとは思うけど……。
 それを言うならば、日本コーナー自体が質量に欠ける~。この隣にアッシリアの人面ライオンがあったら、あからさまに位負けしちゃうよ! もっとこう、例の金剛力士像とか風神雷神図みたいな豪快なものも持ってきてほしい。金のシャチホコでもいい。一応国宝の仏像はあったんだけど、一点だけ、それも百済観音なんていう、ひょろっこい冴えない像だったのが悲しい。なんぼ飛鳥時代のものだといっても、ここには三千年、四千年前のものがうなるほどあるからなあ。
 大英博物館にはイギリス人だけじゃなく、ほんとに世界中の人間が来ている。彼らに、なんだこんなもんかと思われないように、とにかくもっと量がほしかった。
4:10 すぐ下のコリアコーナーに降りる。韓国は壷が多くてあまりぱっとしなかった。日本と韓国、なんかこの博物館ではちょっと情けないね……。
 おまけとして廊下に北朝鮮のポスターが数枚。労働翼賛ポスターばかりで笑った。こんなのが未来永劫飾られるとしたら、それはそれで恥だな。
4:30 閉館迫る。5時半がその時間なのだが、まだ見ていない部屋がたくさんある。中国、アメリカ、アフリカ、アジア一帯、それにディー博士の魔術道具。大航海時代オンラインでロンドンの奇人として人々に知られる、あの愉快なジョン・ディー博士の遺物があるというのに、もう時間がない。
 駆け足モードに入り、二階北側のエジプトのミイラを見て、初期メソポタミア文明の展示を見て、一階に降り、南北アメリカの展示を見る。最後に見たのはヒスイ製の石仮面だった。
 ミイラの棺桶の裏側ってあまり見ることがないが、こんな感じだ。このアスファルト状の流動物が、おそらく棺から染み出した死体の成れの果て……。

4:50 土産物を買いに。だがたいしたものはなく、絵葉書を買ったのみ。それも出さずに終わった。
5:20 BMを出る。どこかいい食事どころを求めて、朝降りたホルボーン駅ではなく、ピカデリー・サーカス方面へと歩く。そちらはソーホーと呼ばれ、レストランが犇いている由。
 目当ては牛だ。とにかく肉が食いたかった。高価なステーキハウスを敬遠しつつ肉レストランを探索していくと、おや、8.6ポンドのローストビーフがある。そのスコッチステーキハウスに入る。
 しかし、渡されたメニューには8.6ポンドは載っていない仕方ないので、ザモーストスモーゥローストビーフアンドビアプリーズと頼むと、ほぼ狙い通りの代物が出てきた。
 これがけっこううまく、量的にも限界ぎりぎりでなんとか胃の腑に収まり、満足して店を出る。トータル13.64ポンド。これはサービス費込みだな。
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 地下鉄でグロウスターロード駅まで帰ったが、やや物足りないのでもう一本ビールを買おうとスーパーに入った。しかしすべての缶ビールが四本以上のセットでしか売っていない。一個ばらけていたのがあったのでそれを持ってレジに行ったら、バラはだめだとおばちゃんににらまれる。やむなくあきらめる。
 ホテルに戻り、寝る前に、ホルボーンで買った電話アダプターを試す。ニフティ経由でネットにつなぐことに成功する。しかしどうにも疲れていたので、ミクシィにちょっと書き込みしただけで、メールチェックもせずに寝る。

09年10月30日追記:
大英博物館日本室に、こうの史代氏の漫画作品が展示されていたことについて、もっとふさわしい本があるのではないかと発言しましたが、三年を経て考えが変わりました。これは有益な発言でも、面白い発言でもないと思うようになったので、撤回します。

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